仙台駄菓子(せんだいだがし)は、仙台市で作られる伝統的な和菓子の駄菓子類

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仙台駄菓子の名前を知ったのは十数年前。横浜で開かれた物産展で気になり何個か買い、高級和菓子なみの値段と繊細な味に驚いた。子どものころ10円玉を握りしめて買いに行ったガムや麩(ふ)菓子とどこが違うのか。1695年創業の一番の老舗(しにせ)「熊谷屋」に聞いてみた。


 仙台市の飲食街を南北に貫く国分町通りを北上し、住宅街に入ったあたりに熊谷屋はある。建物の間口は10メートルほどだが奥行きは50メートルもあり、店舗の奥に工場や事務所がつながっている。参勤交代が通った藩政時代の街道沿いに栄えた町屋づくりの名残だ。


 白衣と前掛け、帽子の作業衣に着替え、「うなぎの寝床」の一番奥にある駄菓子工場に入った。ちょうど「ゆびわ」と呼ばれるリング状の菓子を作るところだ。


 大麦を煎(い)った「こうせん粉」ともちの粉、黒砂糖を混ぜたものをせいろで1時間半蒸し、もちつき機で練り上げた材料ができてきた。


 つきたての餅よりちょっと軟らかい材料を台に載せ、職人がそば打ちのようにのし、長さ7センチ、幅2センチほどの短冊に包丁で切り分ける。別の職人がその短冊を受け取り、自分の人さし指に巻き付けながら端同士を重ねてぎゅっと押さえ、くっつける。


 「やってみますか」。素早い連係作業をぼうぜんと眺めていると、9代目熊谷光雄さん(68)が声をかけてきた。


 手を洗って台に向かい短冊を取ると、ほんのり温かい。最初は緊張してもたついたが、10個ほど丸めていると手際がわかってきた。形は不ぞろいだが、慣れれば結構できそうだ。


 砂糖や塩、しそを入れたもち粉を型に入れて、押しずしの要領で固めた落雁(らく・がん)「しおがま」も作ってみたが、こちらも悪くない。


 得意げに熊谷さんを見ると「駄菓子はもともと各家庭で作っていたもの。作り方は難しくないんです」とあっさり。見てくれが悪くても自分で食べるには問題ないが、売り物にはならない。気温や材料の質のばらつきを感じて力を加減し、品質を保つには職人技が必要だ。


 「だから仙台駄菓子はマニュアル化できず、いまだに手作りなんです」と熊谷さんは説明する。


 駄菓子はコメを無駄にしないという気持ちから生まれた。残りご飯を煎って水飴(みず・あめ)をからめたのが「おこし」の原型。江戸時代になると、もち米を蒸して乾燥させた戦場食「糒(ほしいい)」が庶民に払い下げられ、これに黒砂糖やきなこ、ごま、くるみなどを混ぜたさまざまな駄菓子が生まれた。


 糒をもとにした駄菓子は全国の城下町に残っているが、仙台藩にはコメや雑穀がふんだんにあったため、60種類ともいわれる多彩な駄菓子が開発され、とくに有名になったようだ。


 貴重な白砂糖をふんだんに使った生菓子(上菓子)は武士だけが食べるもの。庶民が使えるのは水飴か黒砂糖で、昭和初期までは子どもが小銭を握りしめて買い求める本来の「駄菓子」だった。


 「駄菓子の甘みは、コメに麦芽を混ぜて作った水飴が基本。いまはコーンスターチなどのでんぷんから工業的につくった水飴が多いが、手作りのもち米の飴はこくが違う」と熊谷さん。水飴づくりは先代から口伝で引き継いだ秘技で、ほかの職人には任せられないという。


 帰り際、4千円近くする詰め合わせ(駄菓子計19種類41個、ゆべし10個入り)を買い、「ゆびわ」「ねじり」「うさぎ玉」など数種類の駄菓子を味わった。ほのかな甘さの中に黒砂糖やきな粉の風味が香る。懐かしさより、体に良さそうだという印象がまっさきに浮かんだ。 Asahi.comより


遠い昔に松島湾に漂着した「南京人」から伝えられたのが「仙台駄菓子」の始まりで、それが仙台地方の庶民の生活の中で今日見るようなものに作られていったと言われています。昔ながらの牧歌的な形、素朴な味が仙台駄菓子の最大の魅力です。仙台の駄菓子は全国的にも有名ですが、六十二万石のお膝元だけあってその種類も豊富で、「鬼ころし」「熊ねじり」「熊谷おこし」「豆糖」「豆ねじり」等々があげられます。元来、駄菓子には大人向きと子供向きとがあり、大人の食べる駄菓子は俗に百姓駄菓子とも言われ、腹ごたえのある「団子」「餡餅」「きんつば」「雁月」など、子供の場合は飴玉類で、いずれも口に入れて長持ちのするものとか、満腹感を味わえるものなどがその条件であったようです。


★仙台駄菓子(せんだいだがし)は、日本の宮城県仙台市で作られる伝統的な和菓子の駄菓子類である。仙台の名産品の一つとされる。

江戸時代・明治時代の仙台にも、駄菓子の製造はあったが、それは名物・名産とは思われていなかった。仙台駄菓子という固有の呼び名が生まれたのは、昭和30年代以降である[1]。元々駄菓子の種類が豊富だったということが、伝統駄菓子の衰退期に仙台の駄菓子が特に評価された背景にあるらしい。

現在は、ささら飴、うさぎ玉、ネジリ、オコシ、ダルマ飴、黒パンといったものが主に作られているが、各店の熟練職人により同じ種類でも味わいはかなり異なっている。また、仙台以外の伝統的駄菓子の消滅の危機から、職人が自ら日本各地を巡って味や技法を仙台に持ち帰り、仙台駄菓子と共に受け継いでいる。

現在、仙台駄菓子を生産・販売している店は、仙台城下町における下町、すなわち、仙台市都心部の周辺地域の河原町・小田原・上杉などにあり、中心商業地や郊外ロードサイド店舗にないため、「仙台駄菓子」の存在を知りながらもどこで売っているのか分からず、一度も食したことのない仙台市民も少なくない。アクセス性の低さから、高度経済成長期以降に仙台に移り住んだ新市民の中には、漫画の「美味しんぼ」で取り上げられて初めてその存在を知った者も見られる。


仙台駄菓子の例
兎玉
ばん茶菓子
輪南京
きなこくし南京
より南京
みそぱん
黒ぱん
果物菓子
きなこねじり
しぐれねじり
梅子
青葉しぐれ
えそべ
吉原巻
かるめら焼
塩釜
名物飴
太白飴
翁飴
こうせん菓子
そぼろくし南京
かりんとう
マコロン
豆糖
石衣
ぶどうにぎり